スプラトゥーン2は良作なのか?

前回の更新からどれくらい経っただろうか。それすら管理できていない僕がブログを書くことにどんな意味があるのだろうか。しかしこれくらいの更新頻度が僕にとっては理想。そう、暇つぶしにさえなればいいのだ。

 

暇つぶしというと、僕には「暇だ」と感じる時間が一切ない。平日は基本的に仕事に追われているし、帰ってから寝るまでの34時間もやらなくてはいけないことがたくさんある。夕食の支度(忙しすぎてほとんどカップ麺で済ませてしまう)、洗濯や掃除、漫画を読む(荒川弘の「銀の匙」、最新巻でましたね)、小説を読む、ツイッターの各アカウントを巡回する、面白いインタビュー記事を見て回る、好きなゲーム実況者の最新動画を見る、プロ野球ニュースを見る。なんて忙しいんだ。「暇だ」なんて感じる暇なんて、僕の生活には存在しない。

 

ここ最近、そんな超多忙な僕の時間を容赦なく奪い去っているものがある。Nintendo Switchスプラトゥーン2」だ。前作からやり込んでいることもあり、このソフトの発売を心待ちにしていたし、発売から1ヶ月以上経った今では生活の一部と化している。

 

しかし、このゲームが良作なのかと聞かれると、正直な話、疑問符をつけたくなる。

 

 

ゲームは、一家団欒の象徴。

 

まず、僕は幼い頃からゲームが好きだったという話をしたい。家に初めてSFCが導入されたときは非常に興奮したのを覚えている。当時自分がプレイしたゲームのなかでも、特に記憶に残っているのは「スーパーボンバーマン5」、「星のカービィSDX」、「スーパーマリオカート」の3作。普段はそこまで仲の良くない兄とよく協力プレイを楽しんでいた記憶がある(ゲームきっかけでケンカすることもあった)。特に「マリオカート」は父や母とも一緒に遊んでいたし、白熱するレースが映し出されたブラウン管は、一家団欒の象徴だったと思う。

 

僕はその後RPGなどのひとり用のゲームに傾倒する(←今度また改めて書きたい)のだが、「誰かとプレイする」楽しみは幼い頃から味わっていたし、それがイコール幸せな時間であるという価値観も育まれていたように思う。

 

 

さとり世代の欲求にフィットする、

オンラインゲーム。

 

話をスプラトゥーンに戻そう。

 

僕はスプラトゥーンをプレイするまで、「オンラインゲーム」をプレイしたことがなかった。だから初めてスプラトゥーンをプレイして、ひとつのバトルが終わるたびに友人とLINEを送り合う感覚は新鮮だった。そしてそれは、「誰かとプレイする」幸せな時間に通じていた。

 

僕たちはさとり世代と呼ばれ、人とのコミュニケーションに対して稀薄な感情しか持ち合わせていないとよく言われる。その反面、SNSを通じて、常に他者とのつながりを求め、自己承認欲求を満たしたり、自己の存在を確かめるという性質があるらしい。なんと馬鹿馬鹿しい世代だろう。しかしその通りだと思う。

 

「オンラインゲーム」の楽しさは、その最たるところが出ていると思う。僕はTwitterを通じていろんな人と知り合って、顔も知らないプレイヤーたちと新しいコミュニティをつくる。特に社会人になってからは、現実世界の友人たちと過ごす時間は週末に限られてくるからこそ、オンラインで通じ合っている友人たちと、スプラトゥーンを通じて交流することが、日々のリフレッシュにつながっている。

 

 

誰かとプレイすることへの依存。 

 

リフレッシュというと聞こえはいいが、もはや依存症に近いものがある。スプラトゥーンはクリアのないゲームだ。正直、目的もなくだらだらとプレイしていると「飽き」が来てしまう。それなのに毎日のように繰り返しプレイしているのは、Twitterで知り合った友人たちとの唯一の「接点」だからだ。プレイを辞めることは、そのままつながりを放棄することに近しい意味を持つ。だから「辞められない」のだ。

 

「辞められない」ことが「おもしろい」ことではないと思う。だから、僕はスプラトゥーン2がおもしろいのかと言われると、首を17度ほどかしげて「まぁまぁ」と答えるにとどまってしまう。

 

正直、ゲームのバランスはアップデートでどうとでもなると思う。だからゲームの内容自体に文句を言うつもりは一切ない。ただ、作業のように手を動かしながら、SkypeDiscordで話している分には、前作でも十分事足りていたし、満足していた。新しい要素がないわけではないが、所詮延長線上でしかないな、というのが今作の印象(もちろん、前作がすごくおもしろかった分、今作もおもしろいとは思う)。

 

みんなはスプラトゥーン2のことを、どう思っているのだろうか。僕は今、ボールドマーカーというブキを使ってどれだけウデマエを上げられるか、具体的には「S10」を目標にプレイを続けている。しかしこれは「自分は中毒じゃないですよ、ちゃんと目標があるからやっているんですよ」という免罪符に過ぎない。プレイするのにこんな建前が必要なゲームが、果たして良作と言えるのだろうか。

 

 

まあ、今日もやるねんけどな。