やるきのなさとやるせなさ

今回から真面目に不真面目に記事を書きたいと思います。マイクテス、マイクテス、ワントゥーワントゥー。聞こえてますか。

 

さて、僕のように人生をこじらせた文系人間の大半は、自身のピークを大学時代だと感じている。そんな話をしていこう。くすぶっているのに輝いていて、青く淀んだ毎日は、これから先どうあがいても二度と味わえない。最高に贅沢な4年間だったと思う。僕のように人生をこじらせた文系人間にしかわかるまいが、あの頃は何もできないことが格好良くて、朝よりも夜の方が、近くに立ってくれていたんです。

 

社会人になってからも、そんなステキな毎日をすぐに覗けてしまうから、SNSってものは怖ろしい。それで、やっぱりSNSには同じ穴のムジナばかり集まるものだから、僕のように人生をこじらせている文系人間もいて、そんな奴がすごくいい顔で笑った写真なんかを見たときは、世界を恨みたくなってしまう。

 

こいつもいつか社会に出て、すごく嫌なことと出会って、そのうちそんなことどうでもよくなっていくのだろうか、なんて考えたら、今すぐ背中を蹴り飛ばしたくなる。

 

汚れつちまつた悲しみに、僕はどんな顔をして向き合えばいいのだろうか。泣くことすら許されないような気がしているくせに、キレイゴトを謳う映像作品を見てすぐに涙してしまったりしていて。だから彼の美しい悲しみに思いを馳せると、夜もひとりでは眠れなくなるような気がして、そこで、「ア」と、いつの間にか夜が怖くなっている自分に気がついてしまうのです。

 

こんなことを書いて気を紛らわしているけれど、彼のことを思っていると本当に辛くなってくるのです。伝わるだろうか。僕はね、彼のように、毎日にやる気がないくせに、なんとなく日々にやるせなさを感じて、それで「何かおもしろいことないかな」って言い続ける毎日が、どれだけハッピーなのかを知っている。それで、世界には「何かおもしろいこと」がたくさんあって、でも自分の周りには全然見つからなくて、それは視力が落ちているからだって気づいても、度の合う眼鏡をなくしたことも覚えているから、本当もう、八方塞がりになってしまう。本当、これからどうしようかね。